黄昏の刻 第3話


「ああくそ。俺が生きていたら胃潰瘍の一つや二つ出来ていてもおかしくないぞ!」

何なんだこの状況は!!
ルルーシュは、自分の棺(予定)を椅子代わりにして座り、足と腕を組んで、大きな声で文句を言った。
だが、誰にも聞こえなかった。
当然だ。ルルーシュはすでに死者、幽霊だ。その声が、生者の耳に届くことはない。それが解っていても、叫ばずにはいられなかった。
ルルーシュの遺体は解放された咲世子と、ロイド、セシル、何故か加わっているジェレミア、そして本当にどうしてお前が居るんだと文句を言いたくなるのだが・・・ゼロであるスザクの手でその体を清められた。 真っ赤に染まっていた皇帝服は体にフィットする作りであったことが災いし、大量の血液で濡れたことでなかなか脱がす事が出来ずにいた。そこに死後硬直が加わり、体の方の自由も効かなくなる。その結果、ものすごく時間をかけて、じわじわと脱がされる様を「どんな苦行だこれは」と、いう思いで見ていた。もし幽霊ではなく肉体があれば、あまりの恥ずかしさに赤面している姿が見れただろう。今も茹蛸のように真赤だが、幸い幽霊の身は誰にも見えない。
もういいからその服をハサミで切って脱がしてくれと何度思ったことか。 そして下半身はタオルか何かで隠してくれ、女性もいるんだからと何度怒鳴り付けた事か。どうして死後、こんな恥かし目を受けなければならないのだろう・・・それとスザクっ!そんなにそこを丁寧に洗うな馬鹿!!簡単に血を洗い流すう程度にしてくれ!それとも、念入りに洗う必要があるほど、俺の体は汚いとでもいうつもりか!!
そんなこんなで、血に染まった体を清められる様子を、顔を真っ赤にさせながら不本意この上ない思いで見つめ続けた。
湯灌の最中、この場には真相を知るものしかいないからと言われ、仮面をつけたまま遺体の処理をしていたスザクはのろのろとした動作で仮面を外した。その下からは、目を真っ赤にし、泣きはらした顔が現れた。
それはあまりにも憔悴し、哀れな様子だったため、ルルーシュは一瞬我が目を疑った。いや、目はもうないのだが。
袖で涙を拭くスザクに、暫く顔を冷やしていなさいとセシルは濡れタオルと氷嚢を渡すと、無言のままスザクはそれらを受け取り、顔を冷やしながら、遺体の処理を静かに見ていた。洗浄の終わった体にエンバーミング処置を施すらしく、消毒された体の一部を切開し、動脈に薬液を注入する作業を始めた。当初の目的とかけ離れてしまった以上、仕方のない処置だろう。保存液で体を満たすのは時間がかかるため、ルルーシュは棺桶から降り、少し離れた所の床で膝を抱えて座っているスザクの隣に腰を下ろした。
近くで見ると、痛々しいほどに顔がはれ上がっていて、あれほど憎んでいたルルーシュ相手でこれなのだから、俺がユフィを殺した時はもっと酷かったのだろうと、思わず視線をそらした。

「そう言えば、お前は昔から泣き虫だったな」

殺したいほどの憎悪を向けた相手とはいえ元友人。
良く知った相手の死は、優しいスザクには辛いのだろう。
ユーフェミアのかたき討ちを望んだスザクのため、世界から戦争を無くすために仕組んだ茶番劇ではあったが、スザクの願う様に仇打ちを・・・その手で殺させたのはまちがいだと、チクリと胸が痛んだ。
痛む胸などもう無いのに不思議なものだ。
剣ではなく銃にするべきだった。
演出的には剣で正解だが、その手に殺した感触を残すべきでは無かった。
だが・・・それでも。
時間が経てば記憶は薄れる。自分が殺した人間を忘れることはないだろうが、やがて過去の思い出の中にしまい込まれる。特に、憎んでいた人間を、愛する者の仇のことなど、あっという間に思い出の中に埋もれるだろう。それが解っていたから、その記憶だけではなく、その体に俺が生きていたことを、俺を殺した事を刻みたかった。
今思えば、くだらない感傷だ。
父親を刺殺したスザク。
そのトラウマをも引きずり出し、苦しめただけだ。

「すまないスザク。お前には辛い思いばかりさせている」

膝を抱えて時折涙をこぼすスザクに手を伸ばし、その頭を撫でようとしても、ルルーシュの手はその体に触れることなく通り過ぎた。
その事に一瞬だけ打ちひしがれ、次の瞬間には苦笑した。
おかしなものだ。
物に触れる事が出来ないなら、こうして地面に立つことも出来ないはずだし、車にこっそり乗ってきたが、問題なく移動できた。だが、こうして触ろうとしても触れない。
髪の毛の1本も揺れ動かす事が出来ない。
生物は駄目で無機物なら触れるかと言えば、これも違うらしい。
何か条件があるのかもしれない。
もう少し落ち着いたら色々試してみるか。
・・・だが、見えないし声も聞こえない幽霊なのだから、そんな相手に触られたら、いくらスザクでも動揺するだろう。
だから、触れないのが正解なのだ。
万が一の事を考えて、ルルーシュはそれ以上スザクに触れる事はなかった。
処置を終え、綿も詰め終わり、死に装束でもある予備の皇帝服を着せられた遺体を棺に納めると、それまで我慢していたのか、ジェレミアが大きな声をあげて泣き出した。
後悔がにじみ出ているその泣き声に、無いはずの胸がまた痛んだ。
咲世子とセシルは今にも泣きそうな顔で死に化粧を施していく。
その手が、体が震えていて、ああ、彼らにも嫌な仕事をさせてしまったなと思った。
本来であればその遺体は民衆の手で蹂躙され、全く関係のない人間がボロボロになった遺体を、それなりに見れる状態まで修復処理をするはずだったのに。ゼロレクイエムに関わった者たちにさせてしまったのは計算外だった。
もう少し話を詰めておくべきだったと後悔する。
ロイドに死に化粧を手伝えるわけも無く、仕方がないという様にジェレミアを慰め始めたが、それが火に油を注ぐ行為となって、ジェレミアはますます泣き崩れた。
スザクの方はだいぶ落ち着いてきたのか、涙はもう零れていないが、何も言わずに顔を冷やしながらセシルたちの作業を遠くから見つめ続けていた。
やがてセシルと咲世子がスザクの元へやってきて、処置が終わった事を告げた。
のろのろと立ち上ったスザクに従い、俺も自分の遺体の元へと歩み寄る。
エンバーミング処置をされた遺体は、生前と変わらぬ姿でそこにあった。
薬剤に満たされた体は暫くの間腐る事もなくなったため、埋葬までこの状態を維持するだろう。虫が湧く心配もなくなり、これで彼らを病気にする心配もなくなったなと、ほっと息を吐いた。

「ルルーシュ・・・」

隣で遺体をのぞき見ていたスザクは、ポツリと名前を呼んだ。
思わず反応し、振り返ると苦しみと悲しみで哀れなほど顔を歪ませたスザクがそこにいて、すでに無いはずの心臓がどきりと音を立て、痛いほど締め付けられた。

「ルルーシュ、ルルー、シュっ・・・!」

縋りつくように、何度も名を呼ばれる。
再び涙をこぼしながら泣き始めたスザクが呼び水となったのか、セシルと咲世子も辺りをはばかることなく泣きだした。ジェレミアも泣きやまず、みるとロイドの目からも涙がこぼれ落ち、まるで子供のように声を上げて泣きだした。
その様子に、俺はただ呆然とするしかなかった。

「・・・泣く必要など、ないだろうに」

・・・何なんだ、この状況は。
何度目になるかわからない感情が頭を混乱させた。
死ぬ事はこの計画の最初から決まっていた。
スザクが殺すことも決まっていた事だ。
計画が完遂した事を喜ぶべきであって、今更この肉の塊と化した嘗ての俺を見て泣くなんて、時間の無駄でしかない。
泣いた所で死者は蘇らないのだから。

「やはりこの計画は、ギアス兵を使い行うべきだったか・・・皆、優しすぎるんだ。ここまで関わらせるべきでは無かったな・・・」

俺のような悪人の死を悲しむなんて。
馬鹿だよ、お前たちは。
俺はその優しさを受けるに値しないというのに。
優しい彼らを自分の都合で巻き込み、悲しませたことへの罪悪感を抱えたルルーシュの呟きは誰にも聞こえることなく、部屋の中は悲しみの声で満たされ続けた。

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